こんな症状ありませんか?
認知症の更に詳しい情報
認知症とは
認知症とは「生後いったん正常に発達した種々の精神機能が慢性的に減退・消失することで、日常生活・社会生活を営めない状態」をいいます。つまり、後天的原因により生じる知能の障害である点で、知的障害(精神遅滞)とは異なるのです。 今日、認知症の診断に最も用いられる診断基準のひとつが、アメリカ精神医学協会によるDSM-IVです。各種の認知症性疾患ごとにその定義は異なりますが、共通する診断基準には表1の4項目があります。
もっとも近年では、認知症早期診断の進歩により、こうした診断基準を満たす状態は、かなり進行した認知症であり、その早期治療にはつながらないという意見があります。そこで、早期診断を可能にする新たな診断基準も作成されています。 原因としてはアルツハイマー病が最も多いとされますが、さまざまな疾患が認知症の原因になりえます。特に、中枢神経系に病巣をもつ次の疾患が代表的です。 ピック病など前頭側頭型認知症は、記憶障害よりも性格・行動面の変化が目立ちます。レビー小体型認知症は、アルツハイマー病とパーキンソン病の特徴を併せもつ疾患です。脳血管性認知症にはさまざまなタイプがありますが、その診断には認知症状態・脳血管疾患の存在、認知症症状が現れることと脳血管障害発症の時間的関連性が必要となります。 また、治りうる認知症、つまり可逆性認知症もあります。うつ病の仮性認知症と薬物惹起性の認知症様状態が有名です。なお、感染症として認知症の原因となるものに、スピロヘータ、HIVウイルス、プリオンがあります。 ところで今日、軽度認知障害という用語は、アルツハイマー病など認知症の前駆状態を意味する状態という意味で使われます。その代表がMild Cognitive Impairment(MCI)です。
これらが注目される背景には、新たな治療法開発に伴って認知症の早期診断が重要になったことがあります。ところが、今日の標準的な認知症の診断基準に示された項目を満たすようになると、けっして早期とはいえないのです。そこで、認知症最初期の特徴を明らかにすることが必要になり、MCIが注目されるようになったのです。
患者数
従来の調査結果1)を表2に示しました。
また、概要は次のようにまとめられます。認知症の最大の危険因子は加齢です。65~69歳での有病率は1.5%ですが、以後5歳ごと倍に増加し、85歳では27%に達します。現時点で、わが国の65歳以上の高齢者における有病率は8~10%程度と推定されています。
過去と現在、未来におけるわが国の推定認知症患者数を図1に示しました。現時点(2010年)では200万人程度といわれてきましたが、専門家の間では、すでに65歳以上人口の10%(242万人程度)に達しているという意見もあります。今後、高齢者人口の急増とともに認知症患者数も増加し、2020年には325万人まで増加するとされます1)。 わが国の認知症の原因疾患は、1980年代まで脳血管性が最多とされましたが、近年の疫学研究はアルツハイマー病が最も多いとする傾向にあります。性差については、アルツハイマー病は女性に、脳血管性は男性に多いとされます。 最近注目される若年性認知症については、正しくは18歳以降44歳までに発症する認知症を若年期認知症と呼び、45歳以降64歳で発症するものを初老期認知症と呼びます。 2006年から2008年にかけて、全国の5県2市で若年性認知症に関する疫学調査が実施されました2)。得られたデータをもとに推定された18~64歳人口における10万対の患者数は47.6人(95%信頼区間:45.5-49.7)で、男性57.9人、女性36.7人と、男性に多い傾向が認められました。全国における患者数は3.78万人(95%信頼区間:3.61-3.94万人)と推定されました。
また認知症の原因疾患としては、脳血管性認知症が最多でした。そしてアルツハイマー病、頭部外傷後遺症、そして前頭側頭葉変性症と続いています。
原因・発症の要因
多くの認知症性疾患では、その原因は不明です。しかし、脳血管性のものは比較的わかりやすく、アルツハイマー病についても、確定したわけではないものの深く研究されています。
脳血管性のうち、わが国に最も多いタイプに広範な梗塞・不全軟化があります。このタイプは、大脳深部の白質線維の連絡機能が断たれることで認知症症状が出現するのです。大脳の表面付近の梗塞に起因する例では、梗塞巣の容積が100mLを超えると認知症の発現頻度が増加します。また海馬、視床、尾状核など重要な脳構造に梗塞を生じると、それが限局性であっても高次脳機能障害をきたすことがあります。 アルツハイマー病の病因は不明です。しかし、病理学的な特徴とされる老人斑を構成するアミロイド(Aβ)にその原因を求める考えが主流になっています。つまりAβの切り出し、凝集に始まるプロセスに起因して神経原線維変化を生じ、さらに神経細胞死へと至るという考え方です。これをアミロイドカスケード説といいます。このAβ中心説に対して、神経原線維変化を構成するリン酸化されたタウに注目する立場も有力です。 その他の認知症のうち、レビー小体型認知症と前頭側頭葉変性症については、鍵となる脳内構造物が明らかになりつつあります。これによって原因解明が期待されています。 なお、スピロヘータ、ウイルス、プリオンなどの感染性因子により、神経細胞が傷害されて起こる認知症があります。たとえば脳梅毒ともいわれる進行麻痺、エイズ脳症、狂牛病などです。
症状
どの認知症にも共通する症状は、中心的な記憶などの認知機能障害と、かつては辺縁症状と呼ばれた行動異常・精神症状に大別されます。 前者では、記憶障害(新しい情報を学習したり、以前に学習した情報を思い出したりする能力の障害)が基本になります。それに失語、失行、失認、実行機能の障害も重要です。
- 記憶面
記憶力の中でも特に記銘力障害、言い換えれば「さっきのことが思い出せない」ことが目立ちます。たとえば「夫婦で会話中に電話が鳴ったので、奥さんがそれに対応して数分後に再び席についた。そこで先刻の話題に戻ろうとしても、ご主人はその内容を思い出せなかった」というような例が典型です。また、すでに冷蔵庫にたくさん入っている食品を繰り返して買うような記憶障害の現れ方も少なくありません。 - いわゆる失語、失行、失認
失語とは、言葉の理解ができないこと、しゃべりたい言葉がしゃべれないことです。失行とは、運動機能に関する障害はないのに、意味のある動作、たとえば「くわえたタバコにライターの火をつけること」ができないような障害をいいます。失認とは、感覚に関した機能は損なわれていないのに、対象を正しく認知・認識できないことです。よくあるのは、方向感覚の悪さ、何度も行ったことのある娘の自宅を訪ねようとして道に迷うような例です。 - 実行機能障害
計画をしてその準備をし、首尾よくこなしてゆく能力、言い換えると「段取り能力」のことを実行機能といいます。そのような障害の典型例として、女性なら、料理のレパートリーが減り、限られたメニューを繰り返し作る傾向がみられます。 - 認知症の精神症状・行動異常
多くの家族は、記憶など認知機能の障害ではなく、こうした問題ゆえに受診を決心されます。暴言・暴力、徘徊・行方不明、妄想などが問題になりやすいものです。こうした問題は数カ月から数年にわたって持続し、在宅介護ができなくなる直接因になりがちです。 なお、それぞれの認知症性疾患には特徴的な症状があります。例えばレビー小体型認知症では特徴的な幻視や寝ぼけ症状、ピック病なら万引きなど反社会的などが特徴的です。
治療法
現時点での認知症の治療薬とは、基本的にアルツハイマー病に対するものです。なお、脳血管障害の治療薬は多いのですが、脳血管性認知症自体を対象にする薬剤はありません。 アルツハイマー病には、塩酸ドネペジルなど抗コリンエステラーゼ阻害薬が有効です。また、適応は今のところありませんが、レビー小体型認知症には有効なことがあります。 もっともアルツハイマー病に対する塩酸ドネペジルは、あくまで対症療法薬であって、多少進行を抑えるにすぎないのです。さらに本剤は、その他の変性性認知症には無効です。 なお従来、代表的な可逆性認知症とされてきた正常圧水頭症については、脳外科的なシャント術の有効性が示されています。
認知症を根治できる薬物療法が存在しない現状では、効果的な非薬物療法により薬物療法を補って治療効果を高める必要があります。認知症への心理・社会的な治療アプローチ(非薬物療法)の標的は、認知、刺激、行動、感情、の4つに分類されます。有名な回想法は、認知症患者でも比較的保たれている長期記憶を生かせることや、一人ひとりの経験や思いを尊重できることから注目されています。 認知症の精神症状・行動異常の中には、対応の仕方で改善できるものもあれば、どうしても薬物に頼らざるをえないものもあります。
忘れてならないのは、デイケアなど各種の非薬物治療も不可欠だということです。これに関して、日々の介護で心身ともに疲れきっている介護者への介護という視点も大切です。そのためには、介護保険など社会的支援制度の概要を知る必要があります。
経過
これまでアルツハイマー病に代表される認知症の臨床経過は、初期、中期、末期に分けて説明されてきました。最近では早期、さらに前駆期が注目されるようになってきました。ここではアルツハイマー病を例に挙げ、その経過を記載してみます。 最初期とは、記憶に限定した認知障害を認める時期です。生活面では「いいたい言葉が出てこない」「やる気がない」といった問題、あるいは仕事や家事における慎重さや注意の不足が指摘されがちです。
次第に記憶障害が明らかとなります。普通は過去の記憶は保たれているのに、新たに何かを覚えることができないのが特徴的です。また他人のいうことを理解するのが難しくなったり、会話内容が空虚になったりしがちです。 多くの例で最も問題になるのが精神症状かもしれません。妄想、焦燥、不穏、うつなどの症状が徐々に現れてきます。また日常生活上の機能、たとえば運転、買い物、食事の支度などにおける障害が着実に進行します。いつしか記憶障害は、過去の重要な出来事にも及んでいきます。
認知症症状が重度になる頃には、身体面ではやせが進むとともに、運動機能にも支障をきたし、いつも失禁するようになります。衰弱が徐々に進むとともにさまざまな病気にかかりやすくなり、これが最終的に死に結びつくのです。死因としては、嚥下性肺炎や尿路感染に由来する敗血症などが多いとされます。
患者さんと家族や周囲の方へのアドバイス
認知症、特にアルツハイマー病になっても、「これをすれば進行が止まる」という妙法はありません。ここでは、認知症予防において多少とも有効性が実証されている食事と運動に注目してみましょう。
- 食事関係
食事関連で注目されてきたものに、抗酸化物質(ビタミンE、ビタミンC、βカロチン)があります。これらの物質は、酸化による傷害から体を守ります。また脂質については、飽和脂肪酸ではなく不飽和脂肪酸が健康一般にも認知機能にもよいことが常識化しつつあります。特に魚油に含まれるω-3系の長鎖不飽和脂肪酸は、血栓予防、抗炎症作用、降圧作用、インスリン感受性への作用など多くの効果を有しています。事実、魚の摂取量が多いとアルツハイマー病予防効果をもつとした報告があります(図2)。
もっとも、最近では大切なのは個々の栄養素の多寡ではないとする意見もあります。むしろ摂取する食物の種類・数と総合バランスこそ大切だとする意見です。 - 運動
多くの身体疾患に対して運動がもつ効果は知れわたっています。中には身体の活動性が高いと2~5年も長生きすると報告したものもあります。 身体活動が低いことは、アルツハイマー病の危険因子だと指摘されてきました。逆に中年期の活動性の高さはアルツハイマー病に対して防御的に働くという知見もあります。このような運動が効果をもつメカニズムとしては、直接的には脳血流の増加作用が考えられています。また、神経成長因子への刺激や、脂質、ホルモン、インスリン、あるいは免疫機能を介する作用も想定されています。
研究の現状
- 期待の新治療薬
これも今のところ、アルツハイマー病治療薬に限られています。現時点で特に期待されるものにβ-セクレターゼ阻害薬、γ-セクレターゼ阻害薬、ネプリライシン、アミロイドの抗原もしくは抗体療法があります。これらはいずれも、この病気の本体とみなされる老人斑を構成するアミロイドβの除去をめざすものです。
なお最近、急きょ注目された治療薬にDimebonがありました。これについては、米国での治験が2010年3月に失敗に終わり、現時点では治療効果はないものと考えられています。 - Alzheimer Disease Neuroimaging Initiative(ADNI)とは
アルツハイマー病の根本的治療法の治験には重大な問題点があります。
a)臨床症状のみによる評価法では結果にばらつきが大きく、効果判定が不確実
b)軽度認知障害(MCI)や軽症アルツハイマー病を対象とする治験には、長い期間と莫大な費用が必要
c)根本治療薬の効果判定には、疾患の本質を反映するマーカーが不可欠
つまりアルツハイマー病の発症・進行過程を確実に反映する客観的評価法の確立が求められるのです。 そこで米国では、2005年からAlzheimer Disease Neuroimaging Initiative(ADNI)がスタートしました。ADNIでは、MRIを用いた脳容積測定、PETによる機能画像評価などの神経イメージングと、血液・脳脊髄液などのバイオマーカー測定が継続して行われます。これにより、MCIからアルツハイマー病への進行を正確かつ客観的に評価する方法を策定し、根本治療薬の臨床治験に役立てることをめざしているのです。
1) 下方浩史.我が国の疫学統計.日本臨床 増刊号 痴呆症候学3 2004;62増刊号4:121-125
2) 朝田隆厚生労働科学研究費補助金 長寿科学総合研究事業 若年性認知症の実態と基盤整備に関する研究 平成20年度 総括・分担研究報告書、2009