こんな症状ありませんか?
薬物依存症の更に詳しい情報
薬物依存症とは
薬物依存症とは、薬物の効果が切れてくると、薬物が欲しいという強い欲求(渇望)がわいてきて、その渇望をコントロールできずに薬物を使ってしまう状態をいいます。薬物依存ともいいます。
古くは薬物中毒と呼ばれてきましたが、それは薬物依存という概念が確立されていなかった時代のことで、現在は薬物乱用、薬物依存、薬物中毒という3つの概念を分けて考えることが大切です。
患者数
薬物依存症は症状として、薬物乱用というルール違反の行為を伴っています。
法で自己使用が禁じられている薬物の場合には、乱用は違法行為を意味します。
そのため、薬物依存症に陥った人が何人いるのかは謎としかいえません。捕まった人は「氷山の一角」だと考えられています。
ただし、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部では、全国の15歳以上64歳以下の国民5,000人を対象に、「これまでに1回でも使ったことがある人の割合(生涯経験者率)」「この1年間に1回でも使ったことのある人の割合(1年経験者率)」を調べてきました。
その結果、「1年経験者率」はあまりにも低すぎて、統計誤差の範囲内になってしまいます。
算出できるのは「生涯経験者率」だけです。
2009年調査による結果は、有機溶剤で1.9%、大麻で1.4%、覚せい剤で0.3%、MDMAで0.2%であり、コカインとヘロインは統計誤差内でした。
これら6種類のうち、いずれかの薬物の生涯経験率は2.9%でした。ただし、これらの数字は薬物乱用者に関するものであり、そのうちの何%が薬物依存に陥っているかは不明です。
原因
今日、この薬物依存の原因として、脳内の神経系の異常が明らかになっています。
脳のどの部分に作用するかは、薬物によって異なります。しかし、どの薬物であっても、依存性のある薬物というからには、中脳の腹側被蓋野から側坐核に至る脳内報酬系と呼ばれるA10神経系に共通して異常が起きていることが明らかになっています。
このA10神経系で最も主要な役割を果たす神経伝達物質がドパミンです。
症状・経過
薬物依存症の概念を理解するためには、薬物乱用、薬物依存、薬物中毒という3つの鍵概念とその関係を理解することが大切です(図1、図2)。
薬物乱用
薬物乱用とは、ルールに反した「行い」に対する言葉で、社会規範から逸脱した目的や方法で、薬物を自ら使用することをいいます。
覚せい剤、麻薬(コカイン、あへん・ヘロイン、LSD、MDMAなど)は、製造、所持、売買のみならず、自己使用そのものが法律によって禁止されています。
したがって、それらを1回使っただけでも乱用です。
未成年者の飲酒・喫煙も法により禁じられているため、1回の飲酒・喫煙でも乱用です。
有機溶剤(シンナー、接着剤など)は、それぞれの用途のために販売されているのであり、吸引は目的の逸脱で、1回の吸引でも乱用です。
また、1回に1錠のむように指示された睡眠薬、鎮痛薬などの医薬品を、「早く治りたい」と考え、一度に複数錠のむ行為は、治療のためという目的は妥当ですが、方法的には指示に対する違反であり、乱用です。
もちろん、医薬品を「遊び」目的で使うことは、目的の逸脱であり、乱用です。
ところで、わが国には成人の飲酒に対する規制はありません。しかし、朝から飲酒して社会生活に影響するようでは妥当な飲み方とはいえず、やはり乱用です。
飲酒については、イスラム文化圏では、成人といえどもそれ自体を禁じている国が少なくありません。
この事実は、薬物乱用という概念が、社会規範からの逸脱という尺度で評価した用語であり、逆に医学用語としての使用には難があることを意味しています。
そのため世界保健機関(World Health Organization;WHO)の国際疾病分類第10版(ICD-10)では、文化的・社会的価値基準を含んだ薬物乱用という用語を廃止し、精神的・身体的意味での有害な使用パターンに対しては「有害な使用」という用語を使うことにしました。
つまり、乱用という概念は、社会生活上のルール違反という尺度で評価した用語であり、あくまでも「行い」に対する用語であると考えるべきでしょう。
薬物依存
薬物の乱用を繰り返すと、薬物依存という「状態」に陥ります。
薬物依存という状態は、WHOにより世界共通概念として定義づけられています。簡単にいえば、薬物の乱用の繰り返しの結果として生じた脳の慢性的な異常状態であり、その薬物の使用を止めようと思っても、渇望を自己コントロールできずに薬物を乱用してしまう状態のことです。
この薬物依存は、便宜上、身体依存と精神依存の2つに分けて考えると理解しやすくなります。
- 身体依存
身体依存は、アルコールを例にとると理解しやすいでしょう。長年大量のアルコールを飲み続けた人は、いつの間にか、体の中にはアルコールがいつもあるものだという体に変化します。そのような人が飲酒のできない状況下に置かれた場合、体は異変を起こします。手の震えや幻覚・意識障害などの「振戦せん妄」と呼ばれる離脱症状(従来は禁断症状といいました)を呈することがあります。このような状態になる場合、その人は身体依存になっているのです。
身体依存になってしまうと、離脱症状の苦痛を避けるために、何としてでもアルコールを入手しようとして、家族の目を盗んで自動販売機に向かったりといった、アルコールを手に入れるための行動を起こします。このような行動を薬物探索行動といいます。そしてアルコールを入手し、飲酒が繰り返されることになります。
- 精神依存
精神依存とは、渇望に抗しきれず、自制が働かなくなった脳の障害(状態)です。精神依存だけでは、その薬物が切れても、身体的な不調は原則的には出ません。
ニコチンには精神依存を引き起こす強い作用がありますが、身体依存を引き起こす作用は実際上はないと考えられています。喫煙者はタバコが切れると、時刻、天候にかかわらず、労をいとわず買いに行きます(薬物探索行動)。職場では、喫煙者同士で「1本もらえる?」と供給し合います。この「1本もらえる?」という言葉は、紛れもない薬物探索行動です。 薬物探索行動は、ニコチンの場合には「1本もらえる?」で済みますが、覚せい剤の場合には、入手するためには「まずはお金だ!」ということになります。結局、あり金を使い果たし、その後は家族、友人に無心し、時にはお金欲しさの犯罪にまで及ぶことまであるわけです。
薬物には、精神依存だけを引き起こす薬物と、精神依存と身体依存の両方を引き起こす薬物の2種類があります。アルコール、モルヒネ、ヘロインは、精神依存のみならず身体依存も引き起こします。ところが、ニコチン、覚せい剤、コカインは強い精神依存を引き起こしますが、身体依存は引き起こしません。したがって、薬物依存の中心は精神依存であると言うことになります。
薬物中毒
薬物中毒は、急性中毒と慢性中毒の2種類に分けられます(図1)。
- 急性中毒
アルコールの「一気飲み」は薬物乱用です。そのような飲み方は、酔いを一気に通り越して意識不明の状態を生み出しやすく、生命的な危機を招きます。このような状態が急性中毒で、乱用による薬物の直接的薬理作用の結果です。
依存状態の有無にかかわらず、薬物を乱用すれば、誰でもいつでも急性中毒に陥る危険性があります。急性中毒は迅速かつ適切な処置により回復することが多いわけですが、時には亡くなってしまうこともあります。
- 慢性中毒
慢性中毒とは、薬物依存に陥っている人がさらに乱用を繰り返した結果として発生する慢性的状態です。こうなると、原因薬物の使用を中止しても、出現していた症状は自然には消えず、時には進行性に悪化していきます。幻覚や妄想を主症状とする覚せい剤精神病、「無動機症候群」を特徴とする有機溶剤精神病などがその代表です。 幸い、覚せい剤精神病の幻覚や妄想は3カ月以内の治療で約80%は消し去ることができます。しかし、幻覚や妄想が治ったからといって、薬物依存までもが「治った」わけではないのです(図2)。苦労して何とか本人を入院させたにもかかわらず、幻覚・妄想の消えた本人に懇願されて退院させたところ、ほどなく覚せい剤を再乱用され、再び本人を病院に連れて行かざるを得なくなったという体験を持つ家族は少なくありません。 薬物依存と薬物(慢性)中毒の違いを理解することがきわめて重要です。重要なのは、薬物乱用、薬物依存、薬物中毒の関係が、同一平面上の概念ではないということです。薬物依存と薬物乱用との関係はモグラ叩きの機械とモグラの関係にたとえられます。薬物依存が存在する限り、いつでも薬物乱用が起き得る(あるいは頻発する)のです。 各薬物の特徴を表に示します。
治療法
薬物依存を「治す」特効薬は、残念ながらいまだにありません。いったん異常となったA10神経系は、半永久的に元には戻らない可能性があるとされています。これは、慢性疾患としての糖尿病や高血圧症に近い状態だと考えられます。
糖尿病では、食事療法、薬物療法によって血糖のコントロールを維持することが治療です。薬物依存症の場合には、まず薬物の使用を断ち、その後は渇望に打ち勝ちながら、再使用しないように自己コントロールし続けることが治療となります。そのために実行すべきことは、それまでの薬物使用に関係していた状況(人間関係、場所、お金、感情、ストレスなど)を整理・清算し、薬物を使わない生活を持続させることです。
ただし、これらのことを一人で実行し続けることは、ほとんど不可能に近いとされています。持続させるためには、これらの整理・清算を、認知行動療法を取り入れた治療プログラムで体系的に習得させてくれる医療施設・相談所に通い続けるか、ダルクやNAなどの自助活動に参加し続け、同時に、薬物を使わない新しい仲間をつくることが大切です。 「認知行動療法をひと通り受けたから、もう大丈夫」「何回通ったから、もういい」ということではありません。参加し続けることが、糖尿病治療のためのインスリン治療を続けることと同じなのだと考える必要があります。
A10神経系を「治す」ことは不可能かもしれません。しかし、社会生活上まったく問題のない「回復者」になることはできます。禁煙者がそうです。「回復」のためには、「回復者」を知ることが力になります。